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台本なしのお話。
連載第2回目の今回のテーマは、『薪と電気』。
電気代の高騰に注目が集まる今だからこそ、目には見えないけれど確かに僕らの暮らしを支えている『エネルギー』についてお話しました。

❶薪と電気、同じ値段でも価値は違う?
純:
今日はここ最近話題に上がっている電気代、ガス代が高騰しているお話から進めていければと思うのですが。
久:そうじゃね。
純:
僕、ちょっと久富さんに聞いてみたいことがありまして。「電気代やガス代が高騰しているから薪ストーブを導入してみようかな」という声って最近は多いんですか?
久:
どうかなあ、確かに最近は聞くようになったよ。 僕の薪もトラック1台で2万円とかで売っているわけだから、その薪を1ヶ月で使えば月2万円じゃないですか。 そんなに安いわけじゃないじゃん。
純:そうですね。
久:
じゃけえ、電気が安かった時は「薪は得だね、安いね」っていう声はなかったけれど、 今どんどん値上がりをしていて、これからもどんどん上がりよるけえ、時々これまで薪ストーブを考えもしてなかったという人が来てくれたりするね。
純:
普段何気なく使っているエネルギーというものに意識を向けて比較をしてみるということが少しずつ起こり始めている、と。
久:
そういうことじゃね。
純:
値段が上がるっていう分かりやすくエネルギーを見つめるきっかけができたことで、僕自身も考え始めたことがあるんです。
純:
部屋を暖かくするためにエアコンの電気代にかかる1万円と薪ストーブの薪代にかかる1万円と、実際利用している身からすると同じ金額でも1万円の意味が違っていそうと感じていまして。
久:
うんうん、僕もそう思う。 そもそも、1万円で手にできる温かさの種類も同じじゃないと思っていて。 芯からじっくり感じる薪ストーブの暖かさだからこそ癒されるということもあるし。
純:
確かにそれは僕も薪ストーブを入れてみて実感してますね。
久:
それに、料理ができる・洗濯物がすぐ乾くとか暮らしへのプラスアルファが薪ストーブは多いなあって思うよ。

純:
現代ってどうしても電気に頼ってしまいがちになるじゃないですか。だからどうしても、暖を取るだけじゃなくて暮らしを豊かにするという薪が持つ側面に気付けない、そもそも知らないってことが多いなあって改めて感じました。
久:
そうじゃね。今の世の中は電気に依存しすぎている社会だなと思うよ。 オール電化の生活なんかまさにじゃん。
もちろんその生活の便利さがあるのはその通りで、それ自体はいいんだけれども、電気に依存しすぎるのはちょっと怖いと僕は思っているんよね。
今回の電気代の高騰みたいなリスクを回避するためにも、電気があってガスがあって薪ストーブがあってみたいに色んなエネルギーをうまく活用するみたいなことができれば怖いものなし!という感じね笑
純:
確かに色んなエネルギーに触れてみることで家計だけでなく、暮らし方みたいなところを見つめることにも繋がりそうですね。

❷海外にエネルギーを依存しすぎる暮らしってどうなんだろう?
久:
日本のエネルギー自給率って2018年時点で約12%ほどなんよ。 日本は地理的にそもそもエネルギー資源が少ないという特徴があるにせよ、僕らが使うエネルギーの約9割はいろんな国から買ってるわけですよ。
純:
数値で見ると驚きますね。
久:
それくらい海外に依存してしまっているから、「なんとかしてエネルギーを自分たちで用意しないと不安定だ」ということになっていて。 じゃあどうするのかとなった時、再生可能エネルギーの発電効率に限界があるから原子力に日本は頼ろうとしているわけだよね。
純:なんだか複雑な気持ちです。
久:
うんうん。僕も正直、何が正解なのかって分からないんよ。 だけど、誰かに言われた価格でエネルギーを買い続けなくてはいけない世界が作り上げられていることを考えたらやっぱり怖いわけで。 太陽光発電とかもあるんだけど、やっぱり身近に山があればそこから十分な資源が取れるけえ、これをうまく使えるような暮らしをするのが一番身近で簡単なエネルギー自給の実践になるんじゃないかなと思うんよね。
純:
そう考えると、昔の人たちって電気に依存しすぎず、今僕らが目指すべき暮らしをしていたんですかねえ。
久:
それはあるかもね。薪風呂炊いて、釜でご飯炊いてとかね。 でも、その生活の中では、薪を作る大変さがあったり火事に見舞われたり、それなりの苦労があって。 その苦労がよりクローズアップされたが故にそれら全てがボタン1つで済む時代が「なんと素晴らしいんでしょう!」ってなったんじゃろうね。
純:まさに前回久富さんが仰っていた『せかせかした、時間が早く流れる時代』ですね。
久:
うん、そうそう。 限界まで無駄を排して効率的な暮らしを追求した結果が今の暮らしだし、それは便利をもたらしてくれる電気というものに支えられてきたんだろうねえ。
純:
確かにそうですね。 僕も実際マンション暮らしで電気に囲まれた都市部で育ってきて、その当時は当たり前すぎて電気がある暮らしのいい点・そうでない点なんて考えもしなかったですが、 今は薪が近くにある環境にこれたことでやっと考え始めるようになったんだよなあって実感しました。

❸電気中心の暮らしの人が薪に目を向けるようになるためには?
純:そこで今、僕、思ったことがあるんですが。
純:
多くの人たちが都会的な生活をしているこの日本で、ガラッと電気中心の生活を変えなくてもいいんだけれど、薪ストーブなどの身の回りで調達できるエネルギーの存在に目を向けてもらうためにどんなきっかけがあればいいんだろうって。
久:難しい問いだねえ。
純:
どこかに依存しすぎるエネルギーのあり方をゆっくりでも変えていくために、薪が身近にある僕らには何ができるんだろうと考えちゃいます。
久:
そうだねえ、ひとつは、この田舎に住んでいる人たち自身がもっと田舎の良さをうまく利用するってことは必要だと思っていて。 こんなに手に取れるところに資源となる山がたくさんあるじゃない。
純:そうですね。
久:
でも、それは活用せずに電気をたくさんいただき、ホームセンターで灯油を買ったりしているわけで。 もちろんその暮らし自体を否定するつもりは全くないし、むしろ薪ストーブ一択の暮らしって不便だもん笑 そうじゃなくて、現代の暮らしの中で一つのエネルギーに頼りすぎてしまうリスクを分散させませんか?というのが僕が伝えたいこと。 だから、薪ストーブ屋さんとして僕にできることを考えた時、やっぱり手軽に薪が買えるような構造を作ることなんじゃないかなと思うんよね。
純:
いくら頭では『依存しすぎはちょっとなあ』と思っていても、結局毎日の暮らしの中で手軽に薪を手に入れることができないと、結局何も始まらないですもんね。
久:
そうそう。だから僕は「ここに行けば薪が手軽に買える」という場所を作って、行政とも連携する中で地域内で資源を循環させる仕組みを作れたら最高だなって正直思ってる。
純:
そんな町ができたら何か災害あって電気が止まった、ガスが止まったってなっても安心できますね〜。いいなあ。
久:
とはいえ、その実現のためにも薪に対しての需要と供給のバランスが取れないとね。 補助金のおかげで薪ストーブを導入する人が増えても、みんながみんな自分で木を切れるわけではない。 とすると木を切れる林業従事者の人たちとの協力も必要になってきて、彼らが生計を立てられるような経済の循環も作らなくてはいけない。
純:
確かにそうですね。そのバランスを整えるために行政を含めて色んな人たちの協働は必須。
久:
みんな目指すところは同じなかで、さて自分はどんな役割を担ってそのバランスを整えていくのかということを考えるよね。 そこで僕は、補助金などの制度によって薪ストーブが少し導入しやすくなっている現状を踏まえて『薪がより気軽に手に入る』ための仕組みづくりをしたいって思ったんよ。
純:
道の駅に併設の薪棚があるとかいいですね!
久:
それいいね〜。薪のピックアップステーションとかできてくるとかね。 そんな場所ができることで、都会の人から見たときに「津和野は薪がある暮らしが手軽にできるらしいよ」となってくれることで、少しずつ都会の人たちにも一つのエネルギーに依存しすぎない暮らしを見てもらえるようになるんじゃないかなと思うよ。

❹津和野だからこそ出来る『エネルギーとの付き合い方』とは?
純:
津和野町は、去年『2050年ゼロカーボンシティ宣言』を行いましたが、それもまた今日のお話に繋がりますね。
久:そうだね。
純:
再生可能エネルギーの積極的導入という流れでおそらく町側にもこれまでよりも動きが生まれると思うのですが、 その流れで久富さんとしてはどんな動き方をしていくべきだとお考えですかね。
久:
そこは、僕が元々行政の人間として動いていた経験がすごく大事になってくるって思っている。 行政側の心理も、事業者・住民としての心理のどちらも分かるからね。
純:詳しくお聞きしたいです!
久:
やっぱり行政側からすると大きな目標数値があって、そのためにこれをこうしなくてはいけないと論理的に計画を導いていくんよね。これは町を大きく、広く見ている行政がしっかり果たすべき役割。 けれど、それが行き過ぎてしまうと事業者や住民からすると「勝手に計画が立てられている」と思ってしまい、反発したくなる。
純:
僕だったら置いてけぼりな気持ちになって、途端に僕たちの声は結局届かないんだと思ってしまうかもしれません。
久:
だから僕は『大きいを少なく』じゃなくて『小さいをいっぱい』な町への関わり方の橋渡しになれたらって思うんよね。
純:『小さく、多く』とはどんなイメージですか?
久:
要は、町民一人一人や家族という小さな単位でもいい、多くの人がそれぞれのやり方で同じ方向に向かって歩んでいく進め方だね。
久:
極端な話、大型の発電所を新しく作ってそこでエネルギーをまかないますと『大きい』動きに集中してしまうと結局一事業者と一部の人間で完結してしまって、町民にとっては人ごとになってしまう。 そうではなくて、薪ストーブを我が家に入れてみたら自分たちが使うエネルギーについてちょっと考えるようになった。これが僕が目指していくべきだと思っている形。
純:
なるほど。その小さな点が集まっていくことで大きな流れに繋がっていく、と。
久:
そうそう。 町民一人一人の声を集める、その声を反映する。 津和野町の人口の規模感だからこそできることだと僕は思っているんで、薪ストーブを通じてその実践を僕は行っていきたいって思っている。
